第4章 19話 月の石 【時の輪廻 】

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 ドアが開く音が背後から聞こえた。遅れて女性の声が透哉の耳に届いた。

 

「あ、あの! 待ってください」

 

 透哉と博人は後ろを振り返った。

 

「あっ」

 

 透哉は思わず声が出てしまった。女性は小走りで二人に近づいてくる。

 

「あ、あの。すみません。さっき、あなた達の話が聞こえてしまったので」

 

 女性は乱れた髪を直している。透哉と博人はお互いの顔を見た。

 

「話って?」

 

 博人が女性に聞いた。

 

「えっと、未来からとか、地震が来るとかそういう事です」

 

 女性はそう言うと、透哉の顔を見た。

 

「あ、あれは……」

 

「あれは、こいつのお馬鹿話しだぜ?」

 

 博人は女性から話を逸らそうと、透哉の言葉に自分の言葉を被せた。

 

 しかし、女性はそれは違うと言わんばかりに首を振った。

 

「聞かせてもらえませんか?」

 

 女性の真剣な眼差しに透哉は気圧された。状況を察したのか、「俺は先に帰るわ」と、博人はそう言うと行ってしまった。

 

「わ、わかりました」

 

 背後を振り向くと、博人の姿が闇に溶けていった。

 

「ここじゃあれなんで、公園の方へいきませんか?」

 

「わかりました」

 

 女性は頷いた。透哉はこの女性が、アルバイト先のネットカフェ、そして、先ほどトイレに行く途中に出会った女性であることはわかっていた。

 

 しかし、まさか、女性の方から接触してくるとは思わなかった。確かに、透哉も気になる存在ではあったが、直感というか、第6感というのか、ざわつくような違和感だけしかなく、自分から話しかけるということはできなかった。

 

 透哉はチラッと女性を見ると、女性がそれに気づき、ニコッと笑顔を見せた。

 

 女性は見た目的に、どうやら透哉より年上のようだ。大人の女性の色気を感じる。

 

 白のノースリーブのブラウスに、薄ピンク色のワイドパンツを合わせている。女性はとても美しく、綺麗なロングヘア―がさらに女性の魅力を引き出していた。

 

 公園に着くと、透哉は適当なベンチを見繕って、座った。女性も隣に座った。心地よい風が女性の髪を仰いでいる。夏のせいなのか、公園には多くの人で賑わっていた。散歩をしているおばさんが二人の前を通り過ぎていく。

 

「あの……」

 

 透哉が言いかける。女性が透哉を見た。

 

「あ、ごめんなさい。まだ名前も言ってなかったわね」

 

 そう言うと、女性は微笑んだ。

 

「私は鈴木詩穂(すずきしほ)っていうの。君は?」

 

「僕は、神木透哉です」

 

「透哉君ね。ありがとう」

 

 詩穂は深く座り直し、背もたれに寄りかかった。

 

「さっきお店で聞いちゃったんだけど」

 

 透哉が詩穂を見る。詩穂の視線は目の前に広がる池の方にあった。

 

「俺が未来から来たとか、ですか?」

 

 女性は頷く。

 

「そう」

 

 女性の声のトーンが変わった。学生服を着た高校生と年上の女性が一緒にベンチに座っている光景は、傍から見ると少々違和感があるのかもしれない。通り過ぎる人たちがチラッと何か珍しいものを見るかのように見てくる。

 

「信じるんですか?」

 

 透哉は自分自身の言葉に疑義を抱いていた。

 

「信じるも何も、私も透哉君と同じなんだ」

 

 透哉は驚きのあまりたじろいだ。

 

「え? 詩穂さんも?」

 

 透哉は目を丸くしている。心臓が強く脈々と打っているのがわかった。直感、第6感が当たった高揚と何かわからない不安。オカルト的な、科学では証明できない事象は、実際にこの世界にはあるのかもしれない。

 

 詩穂は透哉を見た。

 

「私も未来から来たんだ」

 

 少しだけ悲しげな眼をしていた。わかるような気がする。終わらないこの日常。悲観するのも頷けた。

 

「もうかれこれ、何度目になるんだろう。私は、繰り返し、そして何度も過去を遡っているの」

 

 透哉は唾を飲み込む。

 

「僕も……同じです。僕は三度目です」

 

 詩穂は微笑んだ。

 

「まだ三回目なんだ。それじゃ、まだ可愛いもんだね」

 

 詩穂は腕を組んで遠くを見ている。透哉もつられて詩穂の見る方に目線を移した。

 

「詩穂さんはどのくらいまで戻ったんですか?」

 

 詩穂は手で口を覆った。真剣な目をしている。

 

「そうね。君ぐらいの歳まではとっくに戻ってるかな」

 

 透哉は頭の中で計算するが、どのくらいの回数なのか想像がつかなかった。軽く頭を左右に振って思考をリセットする。

 

「想像できないでしょ? 私、28歳なんだよ。この意味わかる?」

 

 詩穂が透哉を見る。透哉は大きく二度頷いた。

 

「でしょ? 戻るたびにやり直す人生」

 

 詩穂はため息をつく。

 

「友達も変わった。職業も変えた。恋人も。やり直すたびに何もかも変わってくる。もう戻らないでと思うけど、やっぱり戻ってしまう。こんな絶望から私は抜け出したい」

 

 詩穂は続けた。

 

「そう。抜け出そうとしたんだ。私」

 

 ははっと詩穂は笑った。

 

「死んでみたのよ」

 

「え?」

 

 透哉の表情が強張った。でも、少し興味があった。

 

「そしたらさ、どうなったと思う?」

 

「戻っていた?」

 

 詩穂は頷いた。

 

「そうなの。戻っていたの。だから、もう自殺は止めたわ。むやみやたらに時間を戻したくないから」

 

 詩穂は透哉の顔を見た。

 

「私たちは恐らく、何かの法則に捕まってしまったのかもしれないわ」

 

 詩穂は空を見上げる。ブラウスに隠れていたチャームが顔を覗かせた。月の明かりでチャームがキラリと輝いた。透哉の視界にネックレスが映る。

 

「詩穂さん、そのネックレスはどこで買ったんですか?」

 

 見上げていた詩穂の視線が胸元に移動する。右手でチャームを掴んだ。

 

「……私は確か、露店のおじいさんから購入したわ。透哉君のそれは?」

 

 詩穂も透哉のネックレスに気付いていた。透哉も自分のネックレスに付いているチャームを見つめた。

 

「僕は彼女からもらいました。が、どこで買ったとかは……うーん、聞いてないです」

 

「そっか。このネックレスの……これ何でできているかわかる?」

 

 詩穂がネックレスのチャームを右手で摩り、月に重ね合わせる。透哉は少し考えたが、思い当たる金属の種類が三種類くらいしか思いつかなかった。

 

「うーん。シルバーじゃないんですか?」

 

 月に重ね合わせチャームを覗き込んでいる詩穂の口角が上がった。

 

「これ、シルバーじゃないんだな。まぁ、露店のおじいさんから聞いたんだけどね。どうやら月の石でできているみたい」

 

 透哉はネックレスを右手で掴み、石を触った。

 

「月の石……どうやってそんなものを手に入れたんだろう」

 

「そこまではわからないけど。おじいさんも誰かから貰ったって」

 

 詩穂はネックレスから手を離し、腕を組んだ。

 

「そうなんですね」

 

「でも、おじいさん何かわけありみたいだったけど……」

 

 詩穂が続ける。

 

「私が店から離れようとしたときに、おじいさんが意味深なことを言ったの」

 

「それって?」

 

 透哉が詩穂へ視線を向けた。

 

「時を飛ばされたら石を合わせろ。一人はさまよっている。って」

 

「それじゃ、僕たちはやっぱり、過去に飛ばされているってことですか?」

 

「……そういうことになるわね。おそらくおじいさんはこうなることを知っていた。私たちと同じく過去に飛ばされていたのかもね」

 

 詩穂は大きなため息をついた。透哉は腕を組み考えていた。クリアする目的の一つがこんなところでわかるとは透哉も思わなかった。

 

「なるほど。元の世界に戻るには、もう一つのネックレスを見つけないといけないってことか」

 

 詩穂が黙って頷く。

 

「それに、じいさんの言う彷徨っているって言うのは……葵が彷徨っている……のか……」

 

 透哉はブツブツと独り言を言っている。

 

「葵?」

 

 詩穂の眉が上がる。透哉はハッとして、詩穂の顔を見た。透哉は少し照れたように髪の毛を掻きむしる。

 

「えっと。彼女です」

 

「へぇー」と詩穂が微笑む。

 

「さっきの話によると、僕の彼女は彷徨っている可能性があるってことですよね?」

 

 詩穂は首を傾げた。少し自信なさげな表情で透哉を見た。

 

「うーん。何とも言えないけど。おじいさんの話を信じるとすれば、そういう事になるわね。時を飛ばされたのが私たち。彷徨っているのが片割れ」

 

「なるほど」と透哉は頷いた。

 

「詩穂さんは彼氏? ですか?」

 

「うん」

 

「という事は、そういう事なんですね」

 

 詩穂は両手を上げて伸びをした。はぁっと息を吐く。

 

「かもね」

 

 透哉はある男の事を思い出した。

 

「僕、東京駅で男の人に助けてもらったんです」

 

「その男の人が僕のネックレスを見て、俺も持ってたんだが……」

 

 詩穂の表情が険しくなったのが暗闇でも見て取れた。詩穂が透哉の話を遮って割って入った。

 

「そ、その人の名前って」

 

「確か、景」

 

「けい?」

 

「はい。鈴村景さんです」

 

 詩穂が両手で顔を覆い、背もたれに寄りかかった。安堵したような吐息が漏れた。

 

「東京駅にいたんだ。なぜか、7月15日になると連絡が取れなくて。それで居場所もわからなくて」

 

 透哉は罰が悪そうに口を開く。

 

「でも、景さん、ネックレスを無くしたって」

 

「え?」

 

 詩穂の表情が凍り付く。透哉も敢えて視線を外した。一瞬、二人の時間に間が空いたが、詩穂は口を開いた。

 

「そっか」

 

 そう一言だけ言うと、ベンチから立ち上がった。前の方へ歩き、木の柵に両手を置く。池の表面には月がゆらゆらと揺れて映っている。透哉が詩穂の後を追い、隣に立った。詩穂が透哉を見る。

 

「もし、次に過去に遡るようなことがあれば、私はあなたに接触する。過去を変えて未来を変える。透哉君たちだけでも、この時の輪廻から脱出しないとね」

 

 詩穂は微笑んだ。でも、少し悲しげな表情を見せたように見えた。

 

「すみません」

 

 透哉は申し訳なくなり、謝った。詩穂は首を左右に振った。

 

「謝らないで。それに私だってまだ諦めたわけじゃないから」

 

 透哉は頷いた。風が少し出てきた。木々の葉が揺れる音が聞こえる。詩穂は前髪を邪魔そうに右手でかき上げる。

 

「何か方法はあるはずです。僕も調べます。詩穂さんも何かわかったら連絡をください」

 

「ええ」

 

 詩穂はそう言うと、スマホを取り出した。

 

「これ私の番号だから。ワン切りしてくれる?」

 

「わかりました」

 

 透哉はスマホを取り出だした。詩穂の番号を入力し、電話を掛けた。詩穂のスマホが光り、透哉の番号が表示される。透哉はそれを確認すると、電話を切った。詩穂はその番号をアドレスに登録した。

 

「オッケー。何かあったらまた連絡するね」

 

 詩穂はスマホをバッグにしまった。

 

「月が綺麗ね」

 

 髪をかき上げ、詩穂は上空に見える月を見ている。

 

「はい」

 

 透哉も月を見た。満月に近いせいか、普段より一層大きく見える。詩穂は腕時計を見た。

 

「もうこんな時間か。そろそろ帰るね」

 

「わかりました。色々聞けてよかったです」

 

 透哉は会釈した。

 

「ううん。私の方こそ。ありがとう」

 

 詩穂は透哉の顔を見て微笑んだ。

 

「それじゃ」

 

 そう言うと、詩穂は透哉の前から離れた。透哉は詩穂の後ろ姿をじっと見ていた。詩穂の背中はどこか寂しげに感じられた。詩穂の姿は次第に闇へと消えていった。

 

 

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